質的データ分析入門ガイド


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質的データ分析入門ガイドへようこそ!

 こんにちは、質的データ分析ってどんなものだろう?と興味を持っている方々へ。私は長年、質的研究に携わってきましたが、最初は誰もが質的データ分析の複雑さに戸惑うものです。でも、大丈夫。この記事では、質的データ分析の基本を、初心者の皆さんにもわかりやすく解説していきます。実際の経験に基づくコツやポイントも交えながら、質的データ分析の世界を一緒に探検していきましょう。

質的データとは?

 まずは、質的データとは何なのかについて簡単に説明しますね。質的データとは、数字で表現されない、言葉や観察、文書などのデータのことを指します。例えば、インタビューで録音された会話、現場で観察してメモした内容、研究参加者が書いた日記などが質的データです。


 質的データの特徴は、人々の生の声や経験が豊かに含まれていることです。インタビューでは、参加者の言葉づかいや表情、語り口から、その人の思いや価値観が伝わってきます。観察記録には、人々の行動や相互作用の細かいニュアンスが記されています。日記には、書き手の内面の機微が吐露されているかもしれません。質的データは、数字では表現しきれない、人間の奥深い部分に光を当ててくれるのです。

質的データ分析の目的

 では、質的データ分析は何のために行うのでしょうか。一言でいうと、人々の経験や行動の深層にある意味を理解するためです。これは、質的研究パラダイムの影響がハッキリと現れています。表面的な事実だけでなく、その背後にある価値観や感情、動機などを読み解くことが目的なんです。


 例えば、ある病気の患者さんにインタビューをしたとします。質的データ分析を通して、病気とどう向き合っているのか、治療に対してどんな思いを抱いているのか、病気が人生にどのような影響を及ぼしているのかなど、患者さん一人ひとりの独自の経験の意味を探ることができます。そこから見えてくるものは、医学的な事実だけではない、患者さんの生きられた経験なのです。


 また、質的データ分析は、既存の理論では説明できない新しい発見をもたらしてくれることもあります。データの丁寧な読み込みを通して、これまで見過ごされてきた現象のパターンや関連性が浮かび上がってくるかもしれません。そこから新たな理論が生まれることもあるのです。質的研究は、理論の検証だけでなく、理論の生成においても重要な役割を果たしています。

質的データ分析の基本的な進め方

 質的データ分析には、大きく分けて3つのアプローチがあります。


 1つ目は、帰納的アプローチ。これは、データから出発して、そこから理論を生み出していく方法です。データに耳を傾け、先入観にとらわれずに、データが伝えようとしていることを汲み取ることが大切です。具体的には、データを繰り返し読み込み、そこから浮かび上がってくるテーマやパターンを見出していきます。データに根ざした、ボトムアップ型の分析といえるでしょう。


 2つ目は、演繹的アプローチ。これは、既にある理論や概念を使ってデータを理解する方法です。例えば、ある理論が示唆する内容が、データの中に見られるかどうかを確かめる、といった具合です。理論の検証や発展に役立ちます。ただし、理論に合わせてデータを無理に解釈するのは避けなければなりません。あくまでもデータに基づいて、理論を評価・修正していくことが肝要です。


 3つ目は、帰納と演繹を組み合わせたハイブリッドアプローチ。これは、両者の長所を生かした方法です。まずは帰納的にデータを探索し、そこから仮説を生成します。次に、その仮説を演繹的に検証していきます。そして、検証結果を踏まえて、再び帰納的に分析を進めるのです。もちろん、その逆のやり方もあります。いずれにしても、この循環的なプロセスを通して、データと理論の対話が生まれます。研究の目的や段階に応じて、柔軟に2つのアプローチを使い分けることが大切です。

質的データ分析の具体的な方法

 質的データ分析の具体的な方法には、どのようなものがあるでしょうか。本記事ではコーディングと分析アプローチにわけて解説します。

コーディング

 まず、コーディングという作業があります。コーディングとは、データの中の言葉や文章に、ラベルを付けていく作業です。例えば、インタビューデータを分析する際、"困難"、"支え"、"変化"などのラベルを付けていきます。こうすることで、データの中に散らばる意味の断片を整理し、パターンを見出していくことができるのです。


 コーディングにはいくつかの種類があります。In vivo coding(インビボコーディング)は、データの言葉をそのまま使ってラベル付けをします。"生きる希望"、"家族の絆"など、参加者の言葉をそのまま大切にするのがポイントです。Values coding(価値観コーディング)は、データに表れる価値観、信念、態度に注目します。"平等への願い"、"伝統の尊重"など、参加者の価値体系を浮き彫りにしていきます。Pattern coding(パターンコーディング)は、コーディングを進める中で見えてくる、繰り返しのパターンを見出します。"葛藤の克服"、"アイデンティティの模索"など、より抽象度の高いテーマを生成するのに役立ちます。

分析アプローチ

 また、質的データ分析には分析アプローチがあります。分析アプローチとは、質的データをどのような観点から分析するかを示す、より具体的な方法論のことです。質的データ分析では、さまざまな分析アプローチが開発されてきました。それぞれのアプローチには、独自の理論的背景や分析の手順があります。


 ここでは、代表的な分析アプローチを3つ紹介しましょう。


 1つ目は、ナラティブ分析です。ナラティブ分析では、人々の経験を「物語」として捉え、その意味を解釈します。インタビューデータなどから、参加者がどのように自分の経験を物語っているかに注目しながらコーディングします。物語の構造や語り口、登場人物の役割などを分析することで、その人の経験の意味や、アイデンティティの構築プロセスを明らかにしていきます。


 2つ目は、テーマティック分析です。テーマティック分析では、データ全体を見渡して、そこに繰り返し現れる「テーマ」を見出すことを目指します。コーディングを通して、データの断片に意味のラベルを付けていき、類似の意味を持つラベルをまとめていきます。そうして浮かび上がってきたテーマを、データの文脈に照らして解釈し、現象の全体像を描き出していくのです。


 3つ目は、グラウンデッド・セオリー・アプローチです。グラウンデッド・セオリー・アプローチは、データに根ざした新しい理論を生成することを目的とした、体系的な分析方法です。データを丹念にコーディングし、そこから概念を抽出します。概念同士の関係性を探り、カテゴリーを形成していきます。そして、カテゴリー間の関係を示す理論的モデルを構築するのです。GTAは、理論構築のための明確な手順を備えた、強力な分析アプローチだと言えます。


 以上の3つは、質的データ分析における代表的なアプローチですが、他にも多様なアプローチがあります。フォーカスグループ、会話分析、解釈学的現象学的分析、ディスコース分析など、研究の目的や理論的立場に応じて、さまざまなアプローチが用いられています。


 分析アプローチを選ぶ際には、自分の研究の目的や質問、データの性質などをよく考える必要があります。そして、選んだアプローチの理論的背景や手順を十分に理解し、それに沿ってデータ分析を進めていくことが大切です。最初は戸惑うかもしれませんが、一つのアプローチをじっくり学ぶことから始めましょう。そして、他のアプローチにも目を向け、自分の研究にとって最適な方法を模索していくのです。

質的データ分析における研究者の役割

 質的データ分析では、研究者自身がデータを解釈する主体となります。だからこそ、自分の背景や価値観が、データの理解にどう影響しているかを自覚することが大切です。これを、リフレクシビティ(再帰性、反省性)と呼びます。


 例えば、男性の研究者が女性の経験を分析する場合、自身の性別がデータの解釈に影響を与えるかもしれません。あるいは、特定の文化的背景を持つ研究者が、異なる文化のデータを分析する際、自分の文化的バイアスが入り込む可能性があります。こうした影響を完全に排除することはできませんが、そのことを自覚し、自分の解釈を相対化する姿勢が求められます。


 リフレクシビティを高めるためには、いくつかの方法があります。まず、研究メモを取ることです。データを分析しながら、自分の思考や感情、疑問などを記録していきます。これは、自分の解釈プロセスを可視化し、振り返るのに役立ちます。また、同僚や指導者と議論することも大切です。自分とは異なる視点からのフィードバックは、自己理解を深めるきっかけになります。さらに、参加者に自分の解釈を示し、意見を求めることも有効です。参加者の視点から解釈を見直すことで、より適切な理解に近づくことができるでしょう。


 質的研究では、研究者の主観を排除するのではなく、うまく活用することが求められます。自分の視点や立場を明示しつつ、それが解釈にどのように影響しているかを丁寧に吟味する。そうすることで、質的データ分析の説得力と透明性を高めることができるのです。

質的データ分析の信頼性と妥当性を高めるために

 質的データ分析の結果を説得力あるものにするためには、信頼性と妥当性を高める工夫が必要です。信頼性と妥当性は量的研究と同様の言葉であるため、質的研究では使用しないという立場もありますが、本記事ではわかりやすくするために信頼性と妥当性という言葉を使って、質的研究の質を高めるコツを解説します。


 信頼性とは、分析が一貫性を持ち、再現可能であることを意味します。つまり、同じデータを別の研究者が分析しても、同じような結果が得られるということです。信頼性を高めるためには、分析の過程を透明に示すことが大切です。コーディングの基準を明確にし、例を示しながら説明する。分析の各段階で行った判断や解釈の根拠を述べる。このような情報を研究報告に盛り込むことで、読み手は分析の一貫性や適切さを評価できるようになります。


 また、複数の研究者で分析を行うことも、信頼性を高める有効な方法です。複数の目で同じデータを見ることで、解釈の偏りを防ぐことができます。ただし、研究者間で解釈が異なる場合は、それぞれの視点を尊重しつつ、議論を重ねてコンセンサスを形成していくプロセスが必要です。


 一方、妥当性とは、分析結果が現象を適切に反映しているかどうかを意味します。言い換えれば、分析から導き出された知見が、参加者の経験や現場の実態とずれていないかということです。妥当性を高めるためには、複数のデータ源を組み合わせるトライアンギュレーションが有効です。インタビューデータと観察データ、日記データなど、異なる種類のデータを比較・統合することで、解釈の妥当性を確認できます。


 また、分析結果を参加者に確認してもらうメンバーチェッキングも重要です。自分の経験がどのように解釈されたのか、参加者の目を通して検討することで、解釈の適切さを高めることができます。ただし、参加者の意見をそのまま受け入れるのではなく、研究者としての視点から再度吟味する姿勢が求められます。


 質的研究の信頼性と妥当性は、量的研究のような統計的な指標では測れません。むしろ、分析プロセスの透明性、複数の視点の導入、参加者との対話などを通して、漸進的に高めていくものだと言えます。信頼性と妥当性への配慮は、質的研究の説得力と価値を左右する重要な要素なのです。

質的データ分析を助けてくれるツール

 質的データ分析は、大量のデータを扱うことが少なくありません。インタビューの録音を文字に起こしたトランスクリプト、フィールドノーツ、各種の文書など、分析対象となるテキストデータは膨大です。これらのデータを手作業で管理・分析するのは、時間と労力がかかる作業です。


 そこで、最近では質的データ分析を支援するコンピュータソフトウェア(CAQDAS)が発達してきました。CAQDASを使えば、データの整理や検索、コーディング、メモ書きなどが効率的に行えます。特に、大規模なプロジェクトや、複数の研究者が協働する場合には、CAQDASが威力を発揮します。


 代表的なCAQDASとしては、NVivo、ATLAS.ti、MAXQDAなどがあります。これらは高機能な商用ソフトウェアで、多様な種類のデータを扱え、高度な分析が可能です。一方、予算が限られている場合や、シンプルな機能で十分な場合には、無料のソフトウェアがおすすめです。例えば、Taguetteは、シンプルながらコーディングやメモ書きの機能を備えた、使いやすいソフトウェアです。QualCoderは、Pythonベースのオープンソースソフトウェアで、多機能性に優れています。


 CAQDASを使う際の注意点は、ソフトウェアはあくまで分析の補助ツールだということです。ソフトウェアを使えば、作業の効率化や視覚化は図れますが、分析の質そのものは高まりません。コーディングの基準や解釈の適切さは、研究者の能力に依存します。CAQDASに頼りすぎると、かえって機械的・表面的な分析に陥る危険性もあります。


 結局のところ、質的データ分析の核心は、研究者とデータとの対話にあります。データと向き合い、丁寧に読み込み、自分なりの解釈を導き出す。そのプロセスをCAQDASが完全に代替することはできないのです。CAQDASはあくまで分析を助けるツールであって、分析の主体はあくまで研究者だということを肝に銘じておく必要があります。賢明に使いこなすことで、CAQDASは質的研究の強力な味方になるでしょう。

まとめ

 質的データ分析は、人間の複雑な経験の世界を理解するための頼もしい方法です。言葉や観察、文書など、数値化されないデータを丁寧に読み解くことで、人々の思いや行動の意味に迫ることができます。それは、単なる事実の記述にとどまらない、深く豊かな人間理解の営みなのです。


 質的データ分析には、帰納的アプローチ、演繹的アプローチ、両者を組み合わせたハイブリッドアプローチなど、異なる進め方があります。また、コーディングをはじめとする具体的な分析手法も多様です。研究の目的や対象に合わせて、適切なアプローチと手法を選択することが大切です。


 質的研究では、研究者自身がデータを解釈する主体となります。だからこそ、自分の背景や価値観が解釈に与える影響を自覚し、リフレクシビティを高める努力が求められます。また、分析の信頼性と妥当性を高めるために、分析プロセスを透明化し、複数の視点を取り入れる工夫も必要です。


 質的データ分析を支援するソフトウェア(CAQDAS)は、分析の効率化に役立ちます。しかし、ソフトウェアはあくまで分析の補助ツールであり、分析の質は研究者の洞察力にかかっています。CAQDASを賢明に活用しつつ、データとの対話を大切にすることが肝要です。 


 質的データ分析のスキルは、一朝一夕には身につきません。数々の試行錯誤を経て、少しずつ研究者としての力を磨いていくことになるでしょう。時には挫折を味わうこともあるかもしれません。しかし、その過程こそが、質的研究者としての成長の糧なのです。

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著者紹介

京極真、博士(作業療法学)、作業療法士。

Thriver Project代表。吉備国際大学ならびに同大学大学院・教授(役職:保健科学研究科長、人間科学部長、他)。首都大学東京大学院人間健康科学研究科博士後期課程修了。研究関連の著書に『セラピストのための研究論文書き方ガイド』(三輪書店)、『作業で創るエビデンス』(医学書院)、『質的研究で使えるコーディング入門ガイド』(Thriver Books)がある。その他、著書、研究論文多数あり。