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みなさん、こんにちは。今回は、質的研究でたびたび使用される「フォーカスグループ」についてわかりやすく解説していきたいと思います。でも、その前に「質的研究って何?」と思う方もいるかもしれませんね。
まず、質的研究とは、人々の経験、思考、感情など、非数値で表現されるデータを集めて分析する研究方法のことです。アンケートなどで数値化されたデータを集める量的研究とは異なり、質的研究では、人々の生の声に耳を傾け、行動を丁寧に観察し、その意味を深く理解することを目的としています。
例えば、「高齢者の生活満足度を上げるためにはどのような作業療法プログラムが効果的か」という研究をする場合、量的研究では評価尺度で「満足度が上がった」「上がらなかった」といった選択肢を用意し、その回答を集計します。一方、質的研究では、高齢者の方々に直接インタビューを行い、「プログラムのどんなところが良かったか」「どんなところに改善の余地があるか」など、具体的な意見を聞き出します。この方が、高齢者の方々のニーズに合ったプログラムを開発できそうですよね。
このように、質的研究は参加者の体験を深く理解するのに適しています。特に、作業療法のように作業中心、クライアント中心が重要な分野では、質的研究がよく用いられます。
そんな質的研究の中でも、今回ご紹介するフォーカスグループはポピュラーな手法の一つです。フォーカスグループとは、特定のテーマについて議論してもらうために集められた人々のグループインタビューのことを指します。フォーカスグループは、一人一人にインタビューするよりも効率的にデータを集められる上に、参加者同士の議論から新たな発見が生まれることもあります。例えば、作業療法の新しいプログラムを開発する際に、そのプログラムの対象となる方々を集めてフォーカスグループを実施することで、プログラムの良い点、改善点を洗い出すことができます。参加者同士の議論から、開発者では気づかなかった視点が得られるかもしれません。
本記事では、フォーカスグループの基礎について、わかりやすく解説していきます。質的研究に興味がある方、作業療法の研究でフォーカスグループを実施してみたい方は、ぜひ最後までご覧ください。
さて、フォーカスグループとは一体どんなものでしょうか。その歴史を見ていきましょう。
フォーカスグループの起源は、1940年代にさかのぼります。当時、アメリカの社会学者たちが、人々の意見や態度を調査する新しい方法を探していました。そこで考え出されたのが、少人数のグループに特定のトピックについて議論してもらい、その内容を分析するという方法でした。これが現在のフォーカスグループの原型となりました。
その後、フォーカスグループは主にマーケティングの分野で発展を遂げました。新商品の開発やキャンペーンの効果測定など、消費者の反応を知るためにフォーカスグループが積極的に用いられるようになったのです。
そして現在では、フォーカスグループは社会科学、医療、教育など様々な分野で活用されています。特に、人々の経験や感情を深く理解したい場合に威力を発揮します。
では、フォーカスグループの特徴は何でしょうか。
まず一つ目は、グループダイナミクスを活用できることです。参加者同士の議論から、個別インタビューでは得られないような新たな気づきが生まれることがあります。例えば、作業療法のプログラムについてフォーカスグループを実施したとします。ある参加者が「このプログラムのおかげで、日常生活がしやすくなった」と発言したら、他の参加者から「私も同じ経験をした」「私は逆にこんな困難を感じた」といった反応が返ってくるかもしれません。こうした議論の中から、プログラムの効果や改善点が浮かび上がってくるのです。
二つ目の特徴は、比較的短時間で多くの情報を集められることです。1回のフォーカスグループで6〜10名程度の参加者から意見を聞くことができるため、個別インタビューよりも効率的にデータ収集ができます。ただし、参加者の人数が多すぎると、全員が発言する機会が少なくなってしまうので注意が必要です。
三つ目は、参加者の生の反応を観察できることです。フォーカスグループでは、参加者の発言内容だけでなく、表情や身振り、トーンなども重要なデータとなります。例えば、ある作業療法プログラムについて「とても良かった」と言う参加者がいたとします。でも、その発言の際に渋い表情をしていたら、本当は満足していないのかもしれません。こうした非言語的なメッセージも読み取ることで、より深い理解につながります。
フォーカスグループは、様々な場面で活用できる便利な研究手法です。ここでは、作業療法でフォーカスグループが役立つ例をいくつか紹介しましょう。
一つ目は、新しい作業療法プログラムを開発する際です。例えば、高齢者の認知機能を維持・向上させるための新しいプログラムを考えているとしましょう。フォーカスグループを実施することで、高齢者が実際にどんなニーズを持っているのか、どんなプログラムなら継続的に参加してもらえるのかといった情報を直接聞き出すことができます。こうして得られた知見を元に、より効果的で魅力的なプログラムを開発することができるかもしれません。
二つ目は、既存のプログラムや施策の評価・改善です。例えば、ある病院で脳卒中クライエントのための作業療法プログラムを実施しているとします。フォーカスグループを通じて、参加者からプログラムの良かった点や改善してほしい点を直接フィードバックしてもらうことで、プログラムの質を高めることができます。アンケートなどでは得られない、生の声や具体的なエピソードが聞けるのがフォーカスグループの強みです。
三つ目は、作業療法士の教育やトレーニングの場面です。例えば、新人の作業療法士を対象に、臨床現場での困りごとや学びたいことについてフォーカスグループを実施するとしましょう。それによって新人作業療法士が抱える共通の課題や学習ニーズが明らかになるかもしれません。こうした知見は、より良い教育プログラムの開発につながります。
以上のように、フォーカスグループは作業療法の研究や実践の様々な場面で役立ちます。
では、実際にフォーカスグループを進めるためには、どんなステップが必要でしょうか。
まず、フォーカスグループの目的を明確にします。何を明らかにしたいのか、得られた知見をどのように活用するのかを事前に決めておきましょう。
次に、参加者の選定です。目的に合った人を集める必要があります。例えば、高齢者向けのプログラムを開発するなら、高齢者の方々に参加してもらうことになります。
そして、質問の準備です。議論を促すような、オープンエンドの質問を用意しましょう。「このプログラムの良かった点は何ですか?」「もっとこうしてほしいと思うことはありますか?」といった具合です。
当日は、まず参加者にフォーカスグループの趣旨を説明し、自由に発言してもらえる雰囲気を作ることが大切です。そして、準備した質問を投げかけ、議論を進めていきます。途中で参加者の発言を深掘りするための質問も必要でしょう。
最後に、得られた知見を分析します。分析は、目的に応じて選択したコーディングを行います。また、KJ法やテーマティック分析などの手法を使うこともできます。参加者の発言内容だけでなく、雰囲気や反応なども含めて総合的に考察しましょう。
以上が、フォーカスグループの一般的な進め方です。初めは慣れないかもしれませんが、経験を積むごとに、よりスムーズに、より豊かな知見が得られるようになるでしょう。
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ここまで、フォーカスグループの特徴や活用場面、進め方について見てきました。では、フォーカスグループにはどんなメリットとデメリットがあるのでしょうか。他の質的研究手法と比較しながら、詳しく見ていきましょう。
まず、フォーカスグループの大きなメリットは、その特徴でも解説したように、グループダイナミクスを活用できることです。参加者同士の議論から、個別インタビューでは得られないような新たな気づきが生まれることがあります。例えば、ある参加者が「この作業療法プログラムのおかげで、料理がしやすくなった」と発言すると、他の参加者から「私も同じ経験をした」「私は掃除が楽になった」といった反応が返ってくるかもしれません。こうした議論の中から、プログラムの多面的な効果が浮かび上がってくるのです。個別インタビューでは、一人の参加者の経験しか聞けませんが、フォーカスグループなら多様な経験を引き出せるわけです。
また、特徴で述べたように、フォーカスグループは比較的短時間で多くの情報を集められるのも魅力です。1回のセッションで6〜10名程度の参加者から意見を聞くことができるため、個別インタビューよりも効率的にデータ収集ができます。例えば、新しい作業療法プログラムのニーズ調査をするとき、個別インタビューなら1人あたり1時間程度はかかるかもしれません。しかし、フォーカスグループなら2時間で6人分の意見が聞けます。時間とコストの面で優れているといえるでしょう。
一方で、フォーカスグループにはデメリットもあります。まず、グループダイナミクスによっては、一部の参加者の意見に議論が偏ってしまう可能性があります。例えば、発言力の強い参加者がいると、他の参加者は自分の意見を言いづらくなるかもしれません。また、参加者同士の関係性によっては、本音を言わない、あるいは同調圧力によって本心とは違うことを言ってしまう可能性もあります。こうした点は、個別インタビューでは起こりにくい問題です。
また、フォーカスグループで得られるデータは、個人の深い経験や感情を探るには不向きかもしれません。グループの場では、プライベートな話をしづらいと感じる参加者もいるでしょう。そういった内容を探るには、個別インタビューやライフヒストリー法などの手法の方が適しています。
さらに、フォーカスグループは参加者のリクルートや会場の手配、当日の進行など、準備に手間がかかります。個別インタビューなら参加者と1対1で日程調整すればよいですが、フォーカスグループでは全員の都合を合わせる必要があります。また、議論を円滑に進めるためには、熟練したファシリテーターが必要です。こうした点は、研究のコストや実現可能性を考える上で、留意すべきポイントといえます。
以上のように、フォーカスグループにはメリットとデメリットがあります。研究の目的や対象、リソースなどを総合的に考え、最適な手法を選ぶことが大切です。フォーカスグループが適している場合は、その強みを最大限に活かすことで、豊かな知見が得られるはずです。
フォーカスグループは、質的研究の一つの手法であり、特定のテーマについて実施されるグループインタビューです。この手法は、社会科学、医療、教育などの分野で広く活用されています。本記事を読んで、質的研究やフォーカスグループに興味を持った方は、ぜひ一歩踏み出してみてください。最初は慣れないかもしれませんが、経験を積むごとに、質的データから新たな知見を引き出すスキルが身についていくはずです。そして、そのスキルは、リサーチギャップを埋めるうえで役立つことでしょう。
京極真、博士(作業療法学)、作業療法士。
Thriver Project代表。吉備国際大学ならびに同大学大学院・教授(役職:保健科学研究科長、人間科学部長、他)。首都大学東京大学院人間健康科学研究科博士後期課程修了。研究関連の著書に『セラピストのための研究論文書き方ガイド』(三輪書店)、『作業で創るエビデンス』(医学書院)、『質的研究で使えるコーディング入門ガイド』(Thriver Books)がある。その他、著書、研究論文多数あり。
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